三原一郎
ITを切り口とした医師会活動
私は、コンピュータに多少詳しかったこともあり、山形県鶴岡地区医師会の情報化を進めることを期待され医師会の役員となった。1996年4月のことである。当時は、医師会がホームページを持つこと自体が先進的と言われた時期であったが、東北でトップを切ってホームページを立ち上げ、医療機関と医師会とを結ぶクローズドなネットワーク(イントラネット)を自前で作りあげた。イントララネットを利用し、ホームページやメールによる情報提供や会員同士の電子的コミュニケーションを推進するとともに、在宅患者情報共有システム、検査データオンライン参照システムなどを自らの手で開発してきた。
2000年には、当医師会から提案した「1生涯/1患者/1カルテ機能をもつ電子カルテシステム」が経済産業省の先進的ITを活用した地域医療ネットワーク構築事業に採択され、Net4Uと名付けた診療情報共有型電子カルテシステムが運用されることになった。Net4Uは、複数の施設間での診療情報の共有、紹介状やその返書の電子的やり取り、検査データの時系列閲覧などを可能としたシステムで、6年8か月の運用で、17,000名以上を登録し、当地区の医療連携には欠かせないツールに成長している。
06年7月からは、中核病院と二つのリハビリテーション病院との間での大腿骨近位部骨折地域連携パスの運用が始まったが、そこでもオーバービューパスの共有や病院間の連携にITがフルに活用されている。脳卒中パスも、IT化がほぼ完了し、11月より運用開始予定である。また、当地区医師会は癌患者の在宅緩和ケア普及のための国のプロジェクトに参画しているが、患者情報をNet4Uに集約し、病院主治医、かかりつけ医、訪問看護師、ソーシャルワーカー、ケアマネジャーなどが協力し合い地域で癌患者を支える仕組みを定着すべく活動しているところでもある。
さて、今、地域の医療に求められているのは、地域のリソースを有効に活用すべく、施設、職種の垣根を超えてそれぞれが役割を分担し、お互いが連携しながらより効率的で質の高い医療 ・ 介護を提供するシステムである。それを具体化するツールのひとつが地域連携クリティカルパスであり、ITであると考えている。一方、連携の前提として、地域の中での多職種による顔の見える人と人とのネットワークは不可欠であり、その方面でも時間をかけた地道な活動が要求されている。
このように、私は医師会の中では皮膚科医というよりは、ITの普及を通して地域医療の質的向上を目指し活動しているわけだが、そのきっかけとなったのは医師会という組織の存在である。恥ずかしながら、医師会に入るまでは医師会が何をやっているのか全く理解できていなかったし、興味すら持っていなかった。しかし、何年か役員を経験するうちに、医師会は、学校医、産業医、介護保険関連(認定審査会への参加など)、健診事業(読影、内科健診など)、休日夜間診療所への協力などを通して、地域の医療の中で重要な役割を担っているということを実感できるようになった。医師会なくして、地域医療は成り立たないといっても過言ではないと思う。Net4Uや、地域連携パス、在宅緩和ケアなどの地域ぐるみのプロジェクトも医師会抜きでは始まりすらしなかったであろうし、医師会の協力なくしては運用の継続もできなかったであろう。医師会は単に医師の利益を擁護する団体ではなく、住民の健康を守り、地域の医療をより良くしていくために不可欠な組織と認識している。
一方で、地域の中でのそれぞれの役割が理解できてくると、皮膚科医としての地域医療への貢献度に物足りなさかを感じるのも事実である。私はITによる医療連携をテーマとして活動しているので、老人施設、リハビリテーション病院、在宅のかかりつけ医、訪問看護師からの往診依頼や相談などには積極的に応じ、その際なるべくNet4Uを利用することでその普及に努めているが、それでも、皮膚科医は、学校医、健診事業、産業医、在宅医療、救急医療などに参加する機会が少なく、忸怩たる思いを感じることもある。皮膚科医は病院や診療所で患者を待つだけではなく、積極的に外へ出て、その専門性を発揮する場をさらに開拓していく必要性があるのではないだろうか。